「三つ子の魂百まで」という言葉がある。
幼時の頃の性質は一生変わらないと言う意味だけれど、小さい時に刷り込まれた観念はそう容易
に消し去る事は出来ないと言う意味であろう。
家にはメス猫が二匹いる。 二代目トラは基本的に野良なので、人が気ずくような場所では絶対
にお産をしない。子猫もしっかり歩けるようになってからヨチヨチと出てくるが、近ずくと走って逃げ
るのでそう簡単には触れない。餌をやっているうちにだんだん慣れては来るけれど人に触られる
のは基本的に嫌がる。野良の性質をそのまま受け継いでいるからだ。
一方チビ助は捨てられた飼い猫なので人間に対する警戒心がない。
子猫も積んで置いた麦わらの中で産んだのですぐに見つけることができた。
こちらの子猫たちはまだ歩けない時から時々触っていたので、ヨチヨチ歩きするようになってから
呼ぶと手の上に乗ってくるようになり、ベタ慣れの手乗り猫になった。
小さいうちから人に慣れているのと慣れていないのとではこれ位の違いがある。
こんな説明をするまでもなく、小さい時の刷り込みがいかに強烈なものであるか、それを一番良く
知っているのは他ならぬ鳥飼いさんたちでしょうね。
小さい時に植えつけられた観念は抜きがたく、その人の一生を左右する事になるわけです。
人は生まれた時から、躾と称して家庭での刷り込みが始まります。
次は学校で、教育と言う名の刷り込みが行われます。
社会人になってからは、社会人のマナーとして様々な刷り込みを体得して行かなければなりませ
ん。今でも新入社員の教育セミナーなんてやっているのかな? ここで愛社精神を徹底的に叩き
込まれる訳です。 だいぶ前には「会社は永遠に不滅です」などと言って自殺した人がいました
ね。 自分を殺してまで会社を守ろうとする、物凄い刷り込みです。
医療行為は経済活動
西原医師は医師会を除名されているので保険が利かず治療費は高いそうです。
各出版社から数冊本を出されていますが、医療雑誌などで発表したいと思っても編集者に圧力が
かかって掲載してもらえないからなのだそうです。
どうやら、医療で儲けたいと考えている人たちにとっては煙たい存在のようです。
もし私が大病院の事務長だったら、
病人を見てたちどころに直してしまう名医がいたら、そんな医者には速攻辞めて頂きます。
そんなことしたら儲かりまへんがなー。
病院は経営なのだから、せっかく来た患者を逃がしてしまっては元も子もない。
できるだけ引っ張らなければなりません。 薬を処方して薬剤依存症にするのが手っ取り早い。
治療法には点数が決まっているのだから、高い点数の治療法を選択する。
その結果患者がどうなろうと知ったことではない、とにかく病院の売り上げの為に貢献してもら
わなければどうにもならない・・。 私だったらこんな風に考えます。
医師は死亡診断書が書ける数少ない職業の一つです。死亡診断書を書くのは自分なのだから
他所からチェックされる心配がありません。何をしても自由なんです。
生命与奪の権限を持つ特権階級、これが医者です。 だから私たちは、「お医者様」と呼んで
尊敬するわけです。
でもどんな業界もピンからキリです。中にはこんな特権を逆手に取って金儲けに走る人がでて
くるかもしれません。
しかし医療ミスが相次ぐ昨今では「お医者様」と呼ぶ刷り込みもさすがにだいぶ弱くなって来た
ように思いますが・・。
自然農法は何故広まらないか
これは自然農法で農産物が収穫できるという事になってしまうと誰も儲からないからです。
農薬や化学肥料メーカーは存在できないし、農業機械メーカーも潰れてしまう。
これらを売って利益を上げている農協も農業関連団体も皆存在価値がなくなってしまいます。
諸物価が上がり続ける一方で何故か農産物価格は下がり続けています。
こんな中では量を沢山とって薄利多売方式を取らざるを得ず、機械も農薬も必要な近代農業から
離れる事はできません。いよいよ食えなくなると農水省から大量の補助金が放出されます。
これで自民党政権も安泰です。地方に暮らす農民が自民党を推すということ自体がとても奇妙な
事なのですが、実際はこんな社会システムの中に組み込まれて生きて行かざるを得ない状況に
なっているからです。
福岡さんや川口さんが身をもって示してくれているのに、自然農法を基本とした生活システムに
変えて行きましょう、という気運にはなかなかならない。
そんな社会では誰も儲ける事が出来ないからです。
農薬や化学肥料は絶対に必要だ、これもなかなか抜き難い刷り込みの一つです。
自然食
私は、春には春に取れるものを食べ、夏には夏に取れるものを食べ、秋には秋に取れるものを
食べ、冬には保存している物を食べながら一年を過ごしています。
一年は春・夏・秋・冬と四つの季節を巡って一サイクルなのだから、人の食も一年を通して辻褄が
あえばそれで良いのだろうという考え方です。
夏に果菜類が取れだすと、毎日トマトやキュウリばかりです。汗をかく時期ですから、こうした水
っぽいものが美味しいんです。でも収穫が終わると同時に食べるのも終了です。
冬に緑の野菜を食べる事はありません。
夏に取れる夏野菜は身体を冷やす為のもので極陰です。こんなものを冬に食べたら体が冷えて
しまいます。 身体は温かく保つ、特に胃腸は冷やさないというのが養生生活の基本です。
栄養以上の害毒を体が取り込んでしまいます。
タンパク質が必要ならば納豆を食べていれば良いのだし、牛乳は日本人の身体には合いま
せん。 近海でとれる小魚やジャコの方がよっぽど良いのです。
「栄養豊富な食べ物をバランスよく、一日三回の食事で栄養補給しましょう」
これはなかなか抜き難い強烈な刷り込みの一つです。
1977年にマクガバンレポートが発表されて日本の古来の食生活が一番良いのだと解ってから
以降も、何故か間違った西洋式栄養学を追い続けています。
食と病気の関係では肉の多食が様々な癌を引き起こすという事がすでに解っている事なのに
これも何故かなかなか改まりませんねぇ。
動物性タンパク質も必要だ、そんな刷り込みを誰かが意図的に流しているせいかもしれません。
自灯明、法灯明 自らを拠り所とせよ、法(ものの理)を拠り所とせよ という意味です。
情報は溢れ、様々な刷り込みに二重三重に取り巻かれています。
こんな状況の中で真実を曇り無き眼で見透すというのは確かに至難の技かもしれません。
おしげさんのお友達の犬は残念ながら遠からず死ぬでしょうね。
愛するペットの死に直面してペットロス状態に陥るかもしれません。どうなるかは解りませんが、
良かれと思って一生懸命やってきたことの全てが灰に帰するのですから本人が受けるショック
には相当なものがあると思います。
けれど他人にはどうしてあげる事もできませんね。本人が気ずかないことにはどうにもなりません。
では、おしげさんのアドバイスは無駄だったか? そんな事はないと思います。
お友達の心にもいつか届く時が来るでしょう。
人は色んな失敗の中から学んでいく以外にはないからです。
おしげさんの言うように、ニュートラルな心で色んな人の意見に謙虚に耳を傾け勉強していく事が
大事な事であるかもしれません。
しかし、自灯明という事は、「他灯明」ではいけないと言う事です。他を頼りとして歩んではならない
という事です。 世知辛い世の中で他を頼ってしまったら、いいように利用されて終わり、という事
にもなりかねません。
同様の意味で世の中の常識や、専門家の意見などもただの刷り込み知識に過ぎないかもしれま
せん。
自らの感性で判断していける、そんな自分を磨いていきたいものです。 (08/2/23) |