逸品紹介

今朝の逸品 竹炭入り うんO お昼からの逸品 竹炭入りではないが黄金色。
通称 「でんでんむし」
置き炭している飼育ケージ。天井部分にも残飯
用の水切り網に入れた炭を置いています。
逸品の製作担当者たち。


健康雑穀と炭の効果には、確かに手ごたえを感じています。
また、試してみて効果を感じられなくても、動物の体にも環境にも
悪影響はないというのが、何より嬉しいですよね。

健康雑穀、青菜からのビタミン補給、炭による空気と水の浄化、ときたら、
あとは「土」かな、と思っています。
有効微生物とミネラルの補給です。

糞きり網の上に新聞紙をおくようにしてから、
足で地面をひっかく動作をしきりにするようになったので、
セキセイは樹上生活が主であるとはいえ、
本来は、土中の成分(微生物も含めて)を体内で有効利用するような生態が
備わっているように思います。

ちょっとずつ、視界が開けてきたようです。
専門家とは違った視点から、
セキセイインコの生態について、調べてみようと思います。 (06/1/21)

数が減ってきたとはいえここら辺にはまだ沢山のすずめがいます。
巣の中の雛が大きくなってピーピー鳴き出すようになると親鳥が一生懸命餌を運んできます。
見ているとミミズを運んでくる事が多いようです。
そして雛はそのミミズをパックリ食べるわけですが、当然そのミミズには、堆肥のカスとか
土とかが当然付いているわけです。
まさかミミズを洗ってくるわけではないですからね。
ミミズと一緒にゴミやら土やらを食べる事によってより強い免疫力を獲得し、たくま
しい野生のすずめに育っていくのではないかと思っています。

まさか土を食べさすというわけにもいかないと思うのですが、何かいい方法がないか
なぁ? と思います。

> 専門家とは違った視点から、
> セキセイインコの生態について、調べてみようと思います。

専門バカという言葉もあります。
専門家は専門であるがゆえに固定観念にとらわれやすいという難点もあると思います。
かえってとらわれのない素人の方が物事を素直に観察できると思います。

農業の世界では、実にありとあらゆる農法が存在します。それぞれに一理ある考え方
があるのですが、これが絶対に正しいという教科書はありません。
それぞれがそれぞれの考え方でやっているというのが現実です。
でも、大事な事は理屈や学問ではなく実学です。
実際に効果のあることは何なのかということです。

素人だから気ずく事、というものもきっとあると思います。
これからの研究に期待しています。

自然ということ

樹木は、地表に見える幹・枝葉だけではなく、目に見えぬ地下にはそれを支える根の部分が存在
します。 樹高が10mあれば、それを支える根も同じだけの10mあるのが普通です。
春には桜のお花見に行く事がありますが、そんな時でも花を咲かせてくれる根の働きに注目する
事はまずありません。 きれいな花を見て終わりです。
普段私達は目に見える物、手で触れる物、五感で感じ取れるものだけを存在として知覚するという
のが普通です。 その奥にある不可視のエネルギー性についてはあまり考慮することがありませ
ん。 しかし、目に見える世界の奥には目に見えぬ広大な世界が広がっており、これらは表裏一体
のものです。 目に見える世界は結果の世界。 目に見えぬ世界こそが結果を作り出す原因の
世界であり、物事の本質なのです。

腹八分目に医者いらず
皆さんも聞いたことがあると思いますが、暴飲・暴食をいさめる昔ながらの知恵と言えるでしょう。
今は、何でも好き嫌いなくバランスよく食べる事が理想とされているようですが、でも、
「現代栄養学」って一体なんでしょう?

農業書を専門に扱っている農文協という出版社があり、「健康食 雑穀」という本を出版しています。 
そこに鷹嘴テルさんの「長寿村の食生活と雑穀」と題したとても面白いレポートが載っています。
高カロリー高たんぱく質ということでそれをとれば言いといわれていた栄養学に疑問を感じて、
以後三十数年にわたっていろんな地域を歩き回って調べた結果、白米美食をしていて長寿村
というのは一つも無く、長寿といわれる村ではどこも昔ながらの雑穀を食べていたという報告です。

ここ門別町の正和地区も典型的な山間地で、働く職場が無い為若い人は一人もおらず、住んで
いるのは農業の跡取りと老人世帯だけです。
近くに老夫婦が住んでいるのですが、夫の方は93歳。めがねもかけず耳もちゃんと聞こえます。
畑仕事や木を切り倒して薪づくり、肉は食べずに自給自足的な山の暮らしですが90過ぎても
いたって元気です。 私は密かに「山の哲人」と呼んでいます。 
90過ぎてもピンピン働けるなら理想的です。
私も食べるものといったら玄米(夏は白米)に味噌汁。いも・かぼちゃ・野菜と麺類、時々魚。
地区の行事にも参加しますので、春の花見と秋祭りには皆で焼肉をします。 私も年に二回
は肉を食べます。これ以外の西洋の物、チーズ・バター・マヨネーズ・ケチャップ・ソースなどは
一切食べません。 もともと朝は食べずに一日二食ですし、栄養士さんが聞いたら発狂するような
食事内容ですが、別に病気をするわけでもなくいたって健康です。
勿論「現代栄養学」のお陰で皆が健康になったというのなら万々歳ですが、体格やスタイルが良く
なったいう利点はあるにしても、健康に直結しているとは必ずしも言えないのではないかと思います。
栄養については考慮しても良いが無視したって一向に差し支えないというのが本当のところです。

病気になった場合は病院にいってお医者さんに診てもらうわけですが、西洋医学も対処療法です
から病状に応じて処置はできるものの、病そのものを治すことができるわけではありません。
後は患者さんの治癒力のみが頼りですから治癒力が発現されると完治するのでしょう。
お医者さんが病を治せるものなら、そもそも病院で亡くなる人は誰もいません。
最近はロシアの超能力治療や中国の気功も良くテレビで見るようになりました。
又、「いわしの頭も信心から」という言葉もありますが、癌にかかって治療を尽くしたがこれ以上は
手の施しようがなく余命三ヶ月と言われて退院してきた人が信仰によって完治するという場合も
あります。 「余命三ヶ月といわれたが教えのお陰で三年経ってもピンピンしている。病院に行って
診てもらったところ、不思議な事だが直っていると言われました。」
このような体験談はどこの教団にいっても掃いて捨てる程あります。 信仰の力によって患者の
心のあり方に直接働きかけ、心が転換する事によってその現れである肉体にも直接影響が現れ
てくるのです。
科学とは目に見える世界を分析して積み上げていく方式で成り立っています。これからは物質
世界のその奥にある精神的なエネルギー性に着目する事が出来る感性が求められてくるの
だろうと思います。

自然ではどうだろう?
私も脱サラ農民となって今年で七年目を迎えました。農業をしながらの自然生活にはなかなか
厳しい面もありますが、自然と共に暮らしていく生き方には心の平安を感じています。
特に最初の頃は農業作業が楽しくて仕方がありませんでした。 汗ばんだ肌に心地よい風が吹きます。
腰を下ろした土の暖かさ。真っ青な空にぽっかりと浮かぶ雲。木の緑。小鳥の声に虫の声。
身体の中に染み込んでいくやさしさです。 音とは空気の振動波(パルス)です。
人間には、やはり自然の音が必要であるのを実感しています。 車やテレビ・ラジオのような
人工音だけでは疲れてくるのです。
生き物である以上、小鳥にも自然の発する音は必要であろうと思います。 川のせせらぎ、木々の
ざわめき、風の音。 部屋の中の人工音だけでは疲れてくるのではないかなぁと思います。
テレビを始めとする電気製品は必ず電磁波を発します。 電化製品が溢れる人家の中で動物を
飼う事はとても酷なような気がします。 電気製品が発する電磁波が、生体のインパルス
(神経繊維を伝わる活動電位)に何かしらの影響を与えるだろう事は容易に想像できることですし、
まったく無害だとは考えにくいことです。 そもそも自然界には電気や電気製品は存在しないもの
だからです。
事実、アメリカには電気製品過敏症の人がいて、家電製品があると頭が痛くなって来るため、人里
離れた山の中で暮らしているというのをテレビで見た事があります。

都会のマンションのなかで自然環境を再現する事は難しい事だと思いますが、自然ではどうだろう
と考えてみる視点が必要なのではないかと思います。
自然界にはテレビは存在しませんし、加工食品もありません。電磁波を発生する電気製品も存在
しません。 
外界が発するインパルスが次第次第に影響を与えてくるというのは用意に想像出来ることです。
自然であるという事はとても大事な事だと思います。 全ての生物は自然があって始めてその自然
の中で生存できる物だからです。             (06/1/17) 

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