無農薬栽培とは

自然農法・循環農法・天然農法・生命農法等、呼び名はいろいろありますが、農薬・化成肥料を
一切使用しない、この無農薬栽培とは、単なる農業上の技術なのではありません。
その人の宇宙観・生命観・人生観・生き方の信念・継続する努力・不退転の決意があって始めて
成り立つものです。
こんな場合の農業とは、もはや職業ではなく、その人の生き方そのものであるといって良いと思います。
九州の大分県には、昭和52年から完全無農薬に取り組まれている百姓、赤峰勝人氏がおられます。
なずな出版部から発行されている氏の著書もあります。「ニンジンから宇宙へ」よみがえる母なる
大地と名づけられたこの本は、とても素晴らしいものですが、特に農家が無農薬栽培に取り組むという事は一体どういう事なのか、という事が良く解る一冊です。興味のある方は是非一度読まれてみてください。

さて、前頁では、作物の品質・内容が違うのだという事について触れましたが、ここでは二点についてだけ触れておきましょう。

化学肥料とは何か
化学肥料とは、科学的に合成製造された無機体の栄養素であるといえると思います。
有機由来の肥料、たとえば堆肥などは、いくら投入してもそのまま吸収されるわけではなく、それ
が土壌の微生物に分解され無機態とならなければ、植物に吸収される栄養素とはなりません。
化成肥料は、この土壌における微生物性を省略して、直接植物に吸収させてしまおうという考え
かたですから、きわめて効率的だといえる面もあるかもしれません。
有機由来の窒素であろうと、無機の窒素であろうと、窒素は窒素ですから、作物の栄養素として
は特別な違いがあるわけではありません。しかし、有機物を畑に投入するというのは、土壌の
微生物相を豊かに保つという目的もあるわけです。化成肥料を使い続けるとこの微生物性が
悪くなり、土地がだんだん悪くなってきます。投入量はどんどん多くなってきて、虫が付き、殺虫剤
を始めとする農薬の多投の必要が生まれてくるという悪循環にはまります。

もう一つ、化成肥料が余りよろしくない理由があります。
それは植物の浸透作用という生理作用にあります。 人間や動物は水を飲みたくないときは飲ま
なくて済みます。 食べたくない時に無理に食べる人もいないでしょう。
しかし、植物の場合は、根からの水分や栄養素の吸収は、細胞の浸透作用という生命自然現象
によって、自然に行われてしまいます。 いらなくても、そこに水にとけた栄養素があると、嫌でも吸収してしまうものなのです。植物の体の仕組みはこのようになっています。するとどうなるでしょうか?
植物の細胞は水と不要な栄養素でパンパンになってしまいます。細胞のフォアグラ状態ですね。
これが、化成作物特有の味のエグミや、しぼまずに腐っていく原因になっているのではないかと思います。
やはり、農作物は自然の状態の豊かな畑の中で、栄養も微生物によって分解された有機由来の
無機栄養素を穏やかに、ゆっくりと吸収していくのが本来だと思いますし、こうでなければ作物
本来の味はでてこないのではないかと思います。

虫は何故つくか
農業現場においては、作物を食い荒らす虫が発生した場合には、これを害虫と定義し、撲滅
するために殺虫剤をたっぷりとかけまくります。
しかし、そもそも何故虫は発生するのでしょうか? 作物を食い荒らし人間を困らせる為に存在
するのでしょうか?  虫が発生した場合も、どのようにして殲滅させるかという対処療法を考え
るだけで、そもそも何故虫がつくのか、という根源的な事は一切考えようとしません。

私は、虫には二つの働きがあると考えています。
物(有機物)が腐り始めた時にその分解を早める作用と、人間にとって害になる物を警告する、
人間の命を守る為の防衛隊としての働き、この二つです。
赤峰氏は、虫のことを「神虫さん」と呼ばれています。 虫は人間を守る為に待機してくれている有難い存在である、と言われていますし、「人間にとって危険だから食べない方が良いですよ」と
教えてくれる天からの使いであるとの情報もあります。
自然の仕組みはどうもこのようになっているようなのです。

化成肥料を使う等の無理をしなければ虫はつかない、とは多くの有機栽培農家が証言するところです。
つまり、虫がつくのは、農薬や化成を使用して、そのまま人間が食べてしまうと危険だから、人間
の命を守る為に天からの使命で虫が遣わされて変わって食べてしまうという、自然の法則はこの
ようになっていると理解するのがスムーズな認識の仕方ではないかと思います。
健康な安全農産物には、そもそも虫がつかない、虫がつくのは危険な農産物だからという事です。
困ったことに、これは人間の目で見て見分けることはできない事ですから、変わって虫が食べて
くれるという自然の仕組みになっているわけです。

大事なのは、見た目外見の綺麗さだけでなく、(これも大切な要素ですが)あくまでもその内容で
あり、中身がどうであるのかという事です。
やはり、無農薬・無化学肥料の完全無農薬で栽培された農産物は、内容が違うのだというのが
やはり結論としてでてくるのだろうと思います。

農業は第一次産業といわれるように人間にとって、とても根源的な職業です。
二次産業・三次産業と様々色々な職業が存在するなかで、あえて農業を
選択する意味はどこにあるのでしょうか?

効率第一主義で儲ければよいと考える生産者が多いなかにあっても、
それに止まらず、自然の哲理に深く根ざした生産活動を実践していこう
とする篤農家が全国には沢山おられます。
こうした農業人は皆、哲人であると思っています。
ただのどん百姓ではないのです。

私も又こうした存在を目指しているその途中ですが、
農業という実践活動を通じて自然の法則そのものを学んで行きたいと思っています。
私にとって農業とは単に生活手段を得るための生産活動なのではなく、
きわめてスピリチュアルなアプローチなのです。

自然への信頼  私の宇宙観および生命観。  (05/3/21 UP)

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